〜愛のベトナム支援隊〜 Love and Support Vietnam

枯れ葉剤被害者を支援しよう!寄付金受付中!今年の衣類は目標達成!ご協力ありがとうございました!

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# 報告書が届きました!

報告書が届きました。

 

昨年12月中旬から下旬にかけて、私は東北学院大学のフィールドワークに同行させていただきました。

 

経済学部共生社会経済学科では、2016年度に、AからFまで六つのフィールドワークを行いましたが、ベトナムでのフィールドワークは「C」です。

 

担当の野崎教授が送って下さった報告書は、写真の通りです。

        

全75ページにわたる報告書の中で、C参加の九名の学生さん執筆の報告は、16ページから52ページまでにわたっています。

 

ある意味で、参加した学生さんにとって、世代を超えた枯れ葉剤の被害はここまでひどかったのかという、戦争の脅威をまじかにみた強烈な印象が、報告書の半分弱という占有率にまで突き動かしたとも言えます。

 

そして、はしがきで野崎教授が「しかし、そうしたあまりにも過酷な生活環境の中でさえも難病の子どもたちや孫たちを必死に守り、世話をしている母親や父親の生き抜く姿に接する度に、いつも彼ら/彼女らの中に人間の崇高さと強靭な生命力に気づかされる」と書かれているように、その生き抜く姿に多くを学んだ学生さんが、このまま黙ってはいられなくなったこともたしかだと思います。

 

9名の学生代表を務めた渡邊佳奈子さんは、「現地でしか味わえないこと、被害者に会ってみて初めて分かったこと、さまざまな発見ができた」と記し、「この経験は忘れることはないだろう。たくさんの人たちに敬意をひょうすためにも、ベトナムの現状を伝えていき、支援の輪が広がっていくことを願っている」と締めくくっています。

 

まさに、フィールドワークの大切さが記されています。

 

野崎教授は、この3月に定年退職されました。長い間、たいへんにご苦労さまでした。学生さんも、第6回のフィールドワークCでよく頑張ってくれたと思います。これからも、皆様、御健康で、ご活躍ください。

 

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| comments(0) | - | 12:42 | category: 東北学院大学 |
# ダナン空港を上からみると・・

ベトナムからとんぼ返りで戻りました。

帰りの飛行機で、ハノイを離陸してからずっと雲が多く、すっかり雲が切れたと思ったら、左下にダナン市が見えました。

 

そこで、カメラでダナン空港、ダナン市を撮りました。

   

下から三分の一のところに、横に走るダナン空港の滑走路がみえますね。右側が南、滑走路の左端が北になります。

ダナン国際空港は総面積842ヘクタールで、そのうち、専用空港地域面積は150ヘクタールあります。1940年に建てられたダナン空港は現在2本の滑走路があります。

 

17L/35R ILS 有        3,550×45         アスファルト

17R/35L  ILS  無        3,048×45         アスファルト

 

長さ3,550メートル、幅45メートル、近代的な装備を持っていて、すべての気象条件でB747、B767、A320などの近代的な航空機の離着ができます。

 

国際航空機関(ICAO)の評価では、ダナン空港はヨーロッパからアジア·太平洋地域を通るルートの予備の空港となっており、理想的なロケーションにあります。

 

ダイオキシン汚染されている場所は、滑走路北端(左側の滑走路端)で、ほぼアメリカによるダイオキシン除染作業が終わっています。しかし・・・・除染が完璧かというと・・・????

 

また、上から三分の一のところを滑走路と平行に流れているのが、ハン川です。ハン川 は、ベトナムの南中部に位置する川です。川はクアンナム省に始まり、ダナンで南シナ海に注いでいます。ベトナム戦争中重要なアメリカ海軍基地だったダナン港は、ソンチャー山の麓にある河口に位置します。深海港ですので、大型船も接岸できます。

 

気流も安定し、快適な旅でした。

 

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| comments(0) | - | 11:17 | category: ダイオキシン汚染地 |
# 「絶望死」が増加する米国社会の暗い闇

昨日のアクセスは、217・・・・うれしいですね。ありがとうございました。

 

今朝、ロイター通信が下記のようなニュースを送って来た。

絶望死がふえているというのだ。記事のごく一部をご紹介する。

 

タイトルは、コラム:「絶望死」が増加する米国社会の暗い闇 である。

原稿は、エドワード・ハダス 写真はLucas Jackson記者だ。

   

[ロンドン 29日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 1世紀以上ものあいだ、戦争か疫病、あるいは自然災害でもなければこのような状況は発生しなかった。だが、ソ連が崩壊したときにそれは起きた。そして今、米国も同じ状況を迎えている。

米国の国民、特に白人で低学歴層の平均寿命が以前よりも短くなっているのだ。主な原因はドラッグ、アルコール、そして自殺だ。

 

プリンストン大学のアン・ケース教授とアンガス・ディートン教授は、これら「絶望による死」の背景にある統計を紹介している。ブルッキングス研究所のためにまとめられた両教授による最新の研究からは、25─29歳の白人米国民の死亡率は、2000年以降、年間約2%のペースで上昇していることが分かる。

 

他の先進国では、この年代の死亡率は、ほぼ同じペースで、逆に低下している。50─54歳のグループではこの傾向がさらに顕著で、米国における「絶望による死」が年間5%のペースで増加しているのに対して、ドイツとフランスではいずれも減少している。

 

米国社会の最底辺では特に状況が深刻だ。

学歴が高卒以下の人々の死亡率は、あらゆる年代で、全国平均の少なくとも2倍以上のペースで上昇している。また、低学歴の米国民のあいだでは、「健康状態が良くない」と回答する人が、以前に比べて、またより大きな成功を収めた米国民に比べて、はるかに多くなっている。

 

何か重大な問題が進行している──。単に経済云々ではなかろう。というのも、米国経済は成長しているし、失業や脱工業化は他の先進国にも共通する問題だが、そこでは「絶望による死」は増加していないからだ。米国の独自志向にこうした憂鬱なバリエーションが表われるには、何か別の理由があるに違いない。

 

と、こ引用はこまでにしておきたい。

 

こういう問題の解決は、おカネではなかなかできない。

 

アメリカのエリート層を送り出してきたハーバード・ビジネス・スクールが、知識偏重に誤りをみつけ、東北大震災の現場に学生を送り出して成果を上げつつあるようだが、この記事に出てきたような最低辺の人々を、アメリカ政府の費用でベトナムに送りこんではどうだろうか。

 

ベトナム戦争中にアメリカ軍が撒いた枯れ葉剤で、いまなお、多くの人が塗炭の苦しみをあじわいながら、懸命に生きている。

トランプさんの言う「アメリカFirst」の人材を他国で養成するのだ。人を助けながら、自らの精神面を強くしていく・・・

 

私たちが行っている支援隊のツアーに、日本のある不登校の生徒が参加した。目標を全く見失っている生徒だった。

タバコは吸う。酒は飲む。

彼は、ある日、一人で街に出て、酒を飲んでいた。まだ中三である。

彼は、ベトナムの人から、叱れらたのだ。「若い年して、なにしてんだ」

彼は、泣いた。「父親も、こんな風に叱ってくれなかった」

やがて、彼は、見事に立ち直った。

中三でやめて、社会人にはなったが、社長賞の連続だ。

 

単純な一例にすぎない。

しかし、ベトナムでの生活は、HBSと同等かそれ以上の効果をあげるのではないかと、期待できるのだが、皆さんはどう思われるだろうか?

 

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| comments(0) | - | 11:12 | category: 管理者の徒然日記 |
# 東北福祉大学・ベトナム・スタディツアー報告書から(4)完

昨日のアクセスは117でした。ご訪問ありがとうございました。

 

東北福祉大学の学生さんの最後は、三浦柾由美さん。

報告書を見ると、初日の支援活動の記録担当者だったらしく、一日目の様子を書いてくれていますので、それを掲載したあと、三浦さんの感想を載せます。

 

 

友好村訪問(8 18 日)

三浦柾由美

 

1 日目私たちはベトナム友好村を訪れた。

今回奨学金の贈呈をした学生はホアン・ティ・ビンさん、ザップ・フエン・リンさん、ヴー・ティ・リエンさん、チン・クオック・バオくん、グイ・ティ・ゴック・トウさん、レ・ティ・フオン・チャーさんの6 人であった。

 

ホアンさんは外見上の障害はなく、何の勉強をしている時が1 番幸せですかという質問にヘアーメイクの勉強と話していたように、一緒に奨学金を贈呈した竹入希望ちゃんと池崎日奈ちゃんがぷれぜんとしたヘアアクセサリーを喜んでつけていたのが印象的であった。

 

ザップ・フエン・リンさんは右足に障害を持っている。やはり前に出てきてと言われ少しの距離を歩くのも大変そうだった。

 

ヴー・ティ・リエンさんは去年参加できなかった人たちの分を含む6 人分の奨学金を受け取った子だ。

 

チン・クオック・バオくんは高度の難聴であり、声を出しての会話はできないが手話を使って話してくれた。毎日自転車で6 キロ、バスで14 キロの長い距離を通学している。周りの音が聞こえないため車や人、物の位置を目で見て判断しながら移動している。ベトナムの道路は信号があってないようなものな上にバイクの量も凄まじい。日本でも周りの音が聞こえない中歩くのは危険だ。そんな中毎日長距離を休まずに登校してると聞き、バス1 時間の通学で文句を言っている自分が情けなくなった。

 

グイ・ティ・ゴック・トウさん(写真・下)は去年口唇裂の手術を受けた。

     

レティ・フオン・チャーさんは去年3 月にお母さんが脳梗塞で倒れてしまい遠く離れた故郷へ帰ってしまったが忙しい中今年は顔を出してくれた。

 

置かれた環境や枯れ葉剤による影響は人それぞれだが勉強がしたくて一生懸命学んでいるということは全員に共通していた。

 

ヴィンフック省(8 18 日)

三浦柾由美

 

今回の奨学金贈呈は5名に贈呈した。一人一人に奨学金の贈呈とお米の贈呈をしたあと日本サイドから2 曲の歌のプレゼントをした。笑顔で聞いてくれた。

 

今回奨学生であるティさんは去年お手伝いでサトウキビを絞っていた際、機械に手を巻き込まれ、小指を失ってしまった。

 

家庭訪問はクアンくんの自宅へ訪問させてもらった。クアンくんは2016 3 月3日に英語のインターネット・オンライン数学コンテストで230 点で全体の20 位、翌年の3月4 日にベトナム語でのインターネットオンライン数学コンテストで260 点で3 位に入賞している。

 

恥ずかしがり屋なようで一人一人の奨学金の受け渡しをするのに前に出てきた時もずっと下を向いており、バスの中でも洋服に顔を埋めていた。その姿が可愛らしかった。

     

     終始顔を隠すクアン君

 

家に到着するとクアンくんの親戚たちが笑顔で迎えてくれた。クアンくんの叔父にあたる方もおり、城川さん(看護師さん)の健康診断を受けた。以前肝臓を悪くしており手術を受けたそうだ。今でもたまに体調が悪くなる時があるそうで、本来なら病院に行くべきだが、病院までの距離も遠いうえに金銭的にも余裕がなく行っていないと言っていた。顔色も悪かった。

 

彼に日本円をあげたら少年のように大喜びして皆に見せびらかしていた。代わりに

10 万ドンをくれた。その10 万ドンは私にとって貴重な宝物になった。

 

その日は非常に蒸し暑かったため水道まで私を連れて行ってくれ、この水で涼むんだとジェスチャーで教えてもらいコミュニケーションをとった。

お昼ご飯として岩田和子さんと佳子さんの手作り混ぜご飯を振る舞ったら皆喜んで食べていた。

   

   岩田佳子さんが苦労して作った青森の地鶏の炊き込みご飯

 

それでは、三浦さんのツアーの感想です。

 

三浦柾由美

   

   奨学金贈呈に立ちあった三浦さん(右)

 

今回私は初めて参加させていただきましたがとても貴重な経験をしたと思っています。

一緒に奨学金を贈呈し、10 日間ともに過ごした仲間たちは、年齢、職業、住んでいる場所、それぞれ違うため色々な価値観や物の考え方を学べ、教えてもらいこのツアーに参加しなければ出会えなかった人たちであり出会えてよかったと思いました。

 

物価も日本と比べて相当安く今回、ある1 人に渡した奨学金の額が日本円で9000 円と聞いた時、果たして9000で何ができるのだろうかと思いましたが、9 割は賄えると聞いて驚きました。

 

牛の贈呈をした時ありがとうと言いながら泣いていたのも信じ難く、24日に友好村に再訪問してスイカ割り大会をした時も枯れ葉剤の影響でどこかしらに不自由があったりするのが目に見えてわかる子供達が大勢おり、枯れ葉剤が撒かれてから何十年経った今でも影響を受けている人たちが多くいるということを学びました。

   

このツアーに参加して日本では経験できない事や多くの感情を学ぶことが出来、今後の人生に役立たせることが出来たらいいなと思いました。ありがとうございました。

   

   ダナンのミーケ・ビーチで遊ぶ三浦さん(右)と池さん

 

++++

 

以上で、東北福祉大学から参加の4人の学生さんの経験のご紹介を終わります。

 

今年もまた、小さなドラマがたくさん生まれることを期待しています。

 

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| comments(0) | - | 08:27 | category: 東北福祉大学 |
# 東北福祉大学・ベトナム・スタディツアー報告書から(3)

昨日のアクセスは171でした。時間をかけて読んでくださったことに、感謝します。

 

今日は東北福祉大学の3人目、浦山裕佑さんです。

参加した去年は、一年生でした。一生懸命動いてくれました。何かを掴んでくれたと思っています。一年生から参加する人はすくないのですが、よく思い切って参加してくれたと感謝しています。

 

浦山裕佑 (写真下・左)

   

VAVA 本部(北村註:ベトナムの枯れ葉剤被害者の全国組織のことです)へ行き、リン会長との会談を行って枯れ葉剤被害者の方が抱いている気持ちや

置かれている現状、また、ベトナム政府として行っている支援や活動についても知ることができ枯れ葉剤や戦争などについて深く考えるためのきっかけとなりました。

 

これを機に私たちも枯れ葉剤について理解を深め風化させないために日本にいる人に伝えていかなくてはいけないと感じました。

 

また、リン会長の「枯れ葉剤投下国に対する気持ちは原爆の被害を受けた人と同じだろう」その言葉が重くも未来向いて歩き出しているように思えるものでした。ツアー全体を通して愛のベトナム支援隊の支援を涙を流し受け取ってくれる人がいたり、たくさんの人が支援を必要としている実態を知りました。

 

被害者の方との触れ合いが全くできていなく、迷惑をかけてしまった部分もあったので次回参加する時は積極的に触れ合おうと思いました。日常ではできない経験ができ、とても為になりました。

 

もう一つ、VAVA本部を訪問した時の記録も、浦山さんが記録してありましたので、掲載します。

 

VAVA 本部訪問(8 23 日)

浦山裕佑

ハノイ市内にある、枯れ葉剤被害者協会本部に予定していた時間よりも早く着き、VAVAのグエン・ヴァン・リン会長や職員の方との会談が始まった。部屋には私たちが訪問した日付と愛のベトナム支援隊の文字が映し出され、テーブルにはたくさんの竜眼があり、とても歓迎されているようだった。始めに会長の挨拶があり、次にツアーの団長である北村さんの挨拶があった。その後、私たち学生がリン会長にVAVA の活動や枯れ葉剤被害者のことなどの質問をする時間があり、3 人の学生が質問をした。

 

・学生「今私たちは愛のベトナム支援隊として枯れ葉剤被害者の方を支援させていただいてるのですが、ベトナムとして国としての支援はどのような状態なのでしょうか。」

・リン会長「今現在、ベトナムでは第4 世代まで影響がでています。特に2 世代と3 世代の障害がありました。なので、生活や心身、治療を行って医療的にも支援しています。また、いろいろな制度もあります。例えば、1 世代の方には毎月支援金を送っています。他にも社会保険や奨学金制度もあります。政府だけでなく国民や国外からも支援してくれています。」

 

・学生「ベトナム戦争時に枯れ葉剤を使用した国に対して何か怒りや憎悪などの特別な感情はありますか。」

・リン会長「ベトナムの枯れ葉剤被害者の人々は勇気を出して頑張って生活をしています。世界の戦争の被害者は、その国に対してあまりいい印象ではないでしょう。戦争を引き起こした国に対して皆は怒っている。ですが、戦争の結果についてはあまり考えないようにしていて、未来へ向かっています。失礼ですが、この質問は広島の人に聞いても同じようなことを言うと思います。」と笑みを浮かべながら答えた。

 

・学生「世界的に枯れ葉剤の理解が薄いと思っています。何世代も被害が出るという点で原爆の被害者と似ています。だんだん風化が進み記憶が薄くなっていると思いますが、政府として風化をさせないために行っていることはありますか。」

・リン会長「科学者がどうして何世代の被害が続くのかなど研究をしています。ベトナムでは戦争博物館などを建てて歴史を知ってもらうことをしています。」

 

全ての質問に対してリン会長は丁寧にゆっくりと答えてくださった。

会談は終始穏やかに進み2 時間ほどで終わり、支援のお礼にと額に入った感謝状とたくさんの竜眼をお土産に下さった。

   

   右から、リン会長 竹入さん 浦山さん

 

家庭訪問という現場を私たちは、大事にしています。奨学金を渡しているだけでは、ほとんどのことがみえていません。お宅に伺って、はじめて、かなりの部分が見えてきます。私たちが訪問している省の中では、ヴィンフック省が、本当に良く協力してくれます。

 

またほかにも、ハイフォン市のVAVAもよく家庭を把握していますので、家庭訪問はやりやすいです。

 

今年も、2〜3軒訪問したいと計画しています。

 

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| comments(0) | - | 08:42 | category: 東北福祉大学 |
# 東北福祉大学・ベトナム・スタディツアー報告書から(2)

東北福祉大学から2016年の支援隊ツアーに参加した4人の学生さんの手記を掲載していますが、今日は二人目の高橋祥菜さんの感想です。

 

ご本人も書いていますが、途中で体調を崩しました。プロの看護師の城川絵里子さんの面倒見の良さで、保険証なしで? みごと切り抜けました。

こういう旅は、忘れないものです。

 

盒蕎雄

 

私は今年(北村註:2016年)が初めてのツアー参加でした。

 

一日目、二日目と奨学金贈呈式や在宅訪問をして、私の中でベトナムの人の印象が変わりました。日本のことが好きな人が多いと聞いていたけど、それは本当で、現地のVAVAの方々や子供たちは私たちを笑顔で歓迎してくださりとても安心しました。

                      

私は特に在宅訪問が印象的でした。クァン君宅訪問では、クァン君のお父さんに日本の百円玉をプレゼントすると嬉しそうに見つめて家族に自慢していました。ブイ・ヴァン・ノンさん宅訪問では、(北村註:三男のブンさんが)子牛の贈呈に感激して涙を流しながらお話ししてくださっていました。そうした姿を見る度、実際に足を運んで支援をしに来てよかったと心から思いました。

 

そのほか文化遺産の見学や寝台列車などベトナムでしか出来ない貴重な経験が出来たこと、また、支援隊のメンバーとして北村さんをはじめとする皆さんと出会えたことに感謝しています。

 

体調管理をしっかり出来なかった事が反省点ですが、皆さんに支えられて無事旅を終えることが出来ました。ありがとうございました。

 

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| comments(0) | - | 08:05 | category: - |
# 東北福祉大学・ベトナム・スタディツアー報告書から(1)

東北福祉大学・ベトナム・スタディツアー報告書から(1)

 

昨年2016年に実施された愛のベトナム支援隊ツアーでは、東北福祉大学から4人の学生さんが参加してくれました。

生田目教授が作成された報告書に、その4人の学生さんが提出したツアーを終えてという感想文が載っています。報告書を制作された生田目先生のご許可をいただきましたので、今日から4回にわたり、掲載順にご紹介してまいります。

 

一番最初は、早川 優理さんです。

 

ツアーをきわめて楽しんでくれた一人だと思いましたが、見えないところで苦労されていたのですね。

(写真は、ヴィンフック省で奨学金贈呈に立ちあう早川さん:奨学金受領者と同じくらいの笑顔を見せる人は、意外と少ないです

 

早川優理

今回初めて愛のベトナム支援隊の活動に参加して、予想以上に得るものがあった。そしていかに自分の視野が狭いかを思い知らされた。

 

まず、活動以前にカルチャーショックが大きく、今まで自分が生活してきた日本との差に驚いた。当たり前に感じてきた、食あたりに臆せず食事ができていること、トイレが綺麗なこと、家の扉が閉まること、交通ルールが守られていることなどが、その場所によっては当たり前ではなかった。

 

活動の中でも自分が予想していたよりもはるかに枯れ葉剤の影響が大きくその症状は様々であった。体の痛み、かゆみを訴える人、背が伸びなかったり、足の向きが違ったり、目が見えなかったりといった症状の人もいた。それが何世代にも渡って被害が続いていることに恐怖を感じた。

 

正直、しっかり支援活動だと思いながら活動しなければ同情してしまいそうだった。ベトナムではどんな被害にさらされている人でも、皆さん生きることに対して前むきに考えていた。

 

どんな状況でも勉強を頑張りたいという彼らの姿勢は見習わなければいけないと思った。今回は初めての支援活動だったが参加できてよかったと思う。いろんなことが初めてで食が合わなかったりと苦労する場面もあったが、こなければ分からなかったことだらけだった。

 

今回経験し学んだことをどう自分なりに生かしていけるかを考えながら生活できればと思う。


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| comments(0) | - | 09:33 | category: 東北福祉大学 |
# 22年前のベトナムの山の少数民族小学校

いま、ベトナムの写真を整理しています。今日は、22年前にとった写真をご紹介します。

デジタルの時代の前のフィルムの時代です。

 

私は、ベトナム北部・・中国との国境と隣り合わせのサパに行きました。

フランス人が開発した国際リゾート地と言われていますが、自分たちが遊びたいために開いたリゾート地です。今は、それこそ、国際リゾート地です。

 

私は、ベトナム外務省の報道官と一緒に、少数民族の小学校を訪問しました。テレビ撮影のためです。

ドイモイ政策が施行されて10年弱。しかし、その政策の好影響など微塵も感じないほど貧しい学校でした。

朝礼が行われ、校長先生が話しています。

  

実は、生徒全員が、椅子に腰かけているのではなく、しゃがんでいるのです。つまり、ウンコ座り、つまりヤンキー座りなんです。今、日本人にも、これができな人が増えています。校長の挨拶は15分以上にのぼりました。皆、このヤンキー座りを続けていました。

  

少数民族のための小学校ですので、ボ-ディング・スクールです。寮制の小学校です。親を離れて5日間学校の寮に泊まって、土曜日に実家に帰り、日曜日に学校に戻ります。生徒がしゃがんでいる向こうには、洗濯ものが干してありますね。彼らが、この学校で暮らしている証しです。

    

自宅まで片道4時間5時間もの道のりです。これでは、毎日登校・下校できない時間です。

 私の好きな写真を1枚、最後に貼り付けます。前へ倣え・・をして、前に詰めるとこうなります。可愛いですね。

  

4枚だけ貼り付けましたが、またご紹介するかもしれません。

 

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| comments(0) | - | 17:36 | category: 管理者の徒然日記 |
# 見事な朝焼け

昨日の早朝の朝焼けは見事でした。

  

友人からもメールを頂きました。「今日は、朝焼けショーがもの凄かったですね」と。

 

朝焼けの場合は、東の空が赤く色付きます。太陽と地表の間に雲があると綺麗な赤色にはなりません。

朝焼けが起きる時は、東の空には、雲が無いということです。しかし、西にある雲が段々と東にやってくるため、天気は下り坂になると言われますが、これは必すしもあたりません。

 

 でも、昨日は当たりました。昨日は、ニュー・サウス・ウェールズ州の一部で、雹に見舞われ、洪水も出るほどでした。雨を告げる雲に焼ける朝日は、ことのほか 美しいことがあります。太陽光線の関係で、いろいろに色彩を変えていきます。

 

 ことわざに「朝日の出づる時、雲青く見ゆるは雨の兆し」 とありますが、昨日はピンクのあとはすぐどす黒い雲になっていました。

 

明日は、ケネディ宇宙センターからファルコン9が、通信衛星エコスター23を打ち上げます。天気が気になりまファルコン9は、

かつてアポロ宇宙船が月に飛んでいた時代の歴史的に有名なローンチ・パッド39Aから打ち上げられます。スペイスX社が20

年間のリース契約をしたところです。

 

  

  写真は、ファルコン9の2月の打ち上げです。(写真:NASA)

 

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| comments(0) | - | 08:40 | category: 管理者の徒然日記 |
# Worm Moon(芋虫月)

昨日のアクセス数は168でした。ありがとうございました。

 

三月の満月は、ほんとうは、今晩ですが、シドニーでは見られない可能性があり、12日に,東からの強風が吹きつけるDee Whyの海岸に行きました。水平線上に雲とガスがたまり、水平線に顔を出す瞬間は撮れませんでした。月全体も鮮明度がなく、あまりチャンスには恵まれませんでした。

 

Worm Moon(芋虫月)

  

  数マイル先を北上するクルーズ・ライナー 肉眼ではほとんど見えません。

   

   近場で強風を利用して、パラセイリングを楽しむ人  

  

 満月、それは私たちを魅了します。数千年も前から詩人、芸術家、そして恋人たちにとってのインスピレーションの源です。

 

 地球の衛星である月は毎月そのさまざまな位相を通過し、新月から満月そして元の状態へという一定のサイクルの中で満ちたり欠けたりしています。

  

満月は約29.5日ごとに起こります。そのときに、月は地球を挟んで太陽のちょうど反対側に位置し、太陽の光をその全面で反射して、きらきら輝く完全な円板のように見えるようになるのです。

  

 人類は数千年も前から、月の動きを利用して過ぎゆく年の経過を追い、狩猟、種まき、そして収穫のスケジュールを決めるカレンダーになってきました。古代に生きた世界中の人々が、その時々の植物、動物、または天候の動きを基にして満月に名前を付けてきました。

 

今月3月は、Worm Moon(芋虫月)です。

  
 ネイティブアメリカンは、冬の終わりを迎える3月の満月にWorm Moon(芋虫月)という名前を付けました。北半球での命名ですから、冷たい気温が緩み始め、芋虫がでてくるのにちなんで付けられた名前ですね。

 

 ほかには、(純潔月)、(死月)、(堅雪月。日中に雪が溶け、雪解け水が夜に凍り付いて表面の固くなった雪を表している)、そしてSap Moon(樹液月。カエデの樹液採取にちなんだ名前)などがあります。

 

  北半球の人には、冬の最後の満月です。大震災の影響うぃ受けたままの人達には、「冬は必ず春となる」を告げてくれる満月です。そして南半球の人には、特にオーストラリアの人には、"scorchet continet"を実感した夏の最後の満月です。

   

バイクで見に来たのか、強風に吹かれながら、中高年のご夫婦が椅子に座っていました。

結構、大きな月でした。月天子はいいですね・・・。

 

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