〜愛のベトナム支援隊〜 Love and Support Vietnam

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# 絵画で見るホーチミン・トレイル(2)

絵画で見るホーチミン・トレイル(2)

 

チュオンソン山脈ルートの整備が正式に決定されたのは1959年に開催されたベトナム労働党第15回中央委員会議での15号決議以降です。15号決議は、南ベトナムで、南ベトナム政府を革命でひっくり返すことを照準にし、その方法として 軍事的な手段で行うことが決められていました。

 

1959年1月13日 北ベトナム労働党第15回拡大中央委員会が開かれます。ホーチミンの指名で、レ・ズアンが基調報告を行い、休会の後、5月に再開され、ベトナム労働党「第15号決議」と呼ばれる南ベトナム政府への戦いが国家意思として表現されます。


つまり、平和、民主、中立的な南ベトナムの建設のため、
ゴ・ディン・ジエム独裁を打倒
南部に民族民主連合政権を樹立
独立と民主に基づく国家統一を実現
東南アジアと世界の平和の防衛に積極的に貢献する

 

という内容です。
     

 

この絵画の説明には、チュオンソン路の展望台となっていますが、むしろ見張り台・監視所と訳した方が当たっているでしょう。地面から木の幹にそって、縄ばしごが伸びているのが分かりますか? 場所はかかれていませんので、特定することはできません。山が周囲に見えるので、盆地に相当するところかもしれません。

 

     

この女性の説明には、青年奉仕隊の女性となっています。つまり、青年先鋒隊でしょうか。かつてのベトナム女性らしく、長い髪を肩から左脇下に流しています。いずれにしても、559部隊所属です。彼女がどういう任務についていたかわかりませんが、洗濯ものが乾かない雨季の戦場の生活をどのように、耐えの忍んだか、聞いてみたいものです。いや、その前に、生きて故郷に帰ることができたのでしょうか。

 

多くの女性は、身体も頻繁に洗えず気持ちの悪い日々を過ごしたに違いありません。

こんなに身ぎれいにしている彼女ですが、任務はコンビン(工兵)であったと信じて疑いません。元工兵の559部隊の女性たちも、元気でニンビン省で暮らしています。下の写真がそうです。

   

戦争中、ニンビン省からは、五百数十人の女性が戦場に行きました。一人だけ男性兵士が写っています。

 

青年先鋒隊で思い出しました。ニンビン省に、ホアンロン・リハビリセンターという医療所があります。かつて、戦場での戦いで、多くの兵士がPTSDに見舞われました。

私が、ホアンロン・リハビリセンターに行っている時に、PTSDになった旧兵士の話を書き取ったメモが残っています。

 

ひとりの男性が、私たちに近寄ってきた。やさしい話し方で話しかける。


「社会の優しさは、川や海のように広い。天地は無限で、哀れみの情を決して阻めない。こういう点は、ベトナム人は中国人とそっくりなんだ。中国人は、その時に、先生の家にやってきた。私のふるさとヴィンフーでの破壊戦争の時に、中国人の一団がやってきた。先生は六ハオのサトウキビを売って、中国軍はそれを買ったんだ。サトウキビが大きくなったら、中国軍がその後、雲南省に持って行って国際無産階級ができたんだ。私は、こうして、祖国中国に別れを告げた。世界人民、万歳! 青年先鋒隊、少年先鋒隊…カメラマンの皆さん、さようなら

 

と言って、私の前を去っていきました。

 

今回は、このへんで。

 

          愛のベトナム支援隊
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