〜愛のベトナム支援隊〜 Love and Support Vietnam

枯れ葉剤被害者を支援しよう!寄付金受付中!今年の衣類は目標達成!ご協力ありがとうございました!

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# 支援ツアーHand-in-Hand(94)ハノイ友好村5・奨学金贈呈・懇談会
2012年8月23日午前:

ハノイの友好村で奨学金を贈呈した後、懇談会を開きました。
これは、面倒な作業ですが、奨学生との友好の拡大を考えれば、すごく大事なことです。
「カネ」や「モノ」の哲学で通すなら、こんな面倒なことはしません。「人とモノとカネ」さえそろえば事足りるのではありません。

奨学金はどこからでているか、どういう人がくれているのか、なぜ返還しなくていいのか、そういうことが生徒の心に響かないといけません。いや、もっといえば、「未来まで生きていける」心が備わってこその、奨学金です。

縁もゆかりもない方々がなぜ支援してくださっているか・・・友好村の4人への支援でいえば、一人は、テレビ局の元社長であり、一介の主婦であり、二人の青年です。この二人の青年は、取りも直さず、我が支援隊の宮尾さんの二人の息子さんです。私の推測では、父親の後ろ姿をみて、支援してくださったと思います。
そういうことはきちんと伝えなくてはなりません。

100%ではありませんが、そういう事実が、彼らの心のどこかに染みこんでいき、何かの機会に「そうだ、頑張らなくちゃ」と思う力になるのです。一人でもそういう奮起をしてくれればありがたいし、それが二人、三人となれば尚いっそう嬉しいです。

懇談会は、そういう陰の努力になります。
以前は、そういうことを端折りたがる人が、ベトナム側にいました。
「そろそろ出発の時間だ」と、私の肩を叩きに来る人がいたのです。つい、最近まで。

そういうことからいえば、友好村のヅン理事長は、私たちに信頼をおいてくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。

新たに推薦してくださった2人の女生徒の人柄も真面目そうで、好感しました。二人共、いい作文を書いてくれました。二人のお母さん共に、寂しがっているでしょうね。二人共年に二回故郷に帰るようですが、ふだんは、時々、お母さんから電話が来るそうです。

それでは、奨学生四人がくださったカードに書かれていた一言をご紹介します。


1)右下の花びらが入ったブルーのカード

愛のベトナム支援隊のご関心、ご支援にお礼を申し上げます。私にとって、これはとっても大きな励ましです。勉強を頑張って、いい子になることを約束します。お元気で、ご幸福でお過ごしになるようにお祈りします。 トゥン

2)下左のお化けのQちゃんに似た絵と赤い傘のカード

この奨学金を頂いて、とても感動しています。この喜びを何倍にもするために、たくさんの友達が奨学金をもらえるように!と願っています。
ほんとうにありがとうございます。 バオ

3) 上左の蜂が飛んでいるカード

これは私にとって、とっても大きな幸せです。勉強がんばりることを約束します。ほんとうにありがとうございます。
ビン

4)赤いリボンのついたカード

皆さん、いらして下さり、本当にありがとうございました。とっても、うれしいです。ご健康、ご成功、ご幸福を祈っています。
チャー

そういう生徒と記念撮影をするときのうれしさは、他の人にはわかりません。珠玉の時、宝珠の時です。

そんなお礼の気持ちと激励をこめて、樋口さんのピアノ演奏で、全員で歌を歌いました。
ハンドロールピアノに見入る4人の奨学生(写真下)

この後、私たちは、友好村に収容されている障害者とスイカ割り大会を楽しみました。
そこで、トップバッターが、驚異の演技をみせたのです。昨年の雪辱戦だったに違いありません。

         愛のベトナム支援隊・北村 元
        Love & Support Vietnam

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# 支援ツアーHand-in-Hand(93)ハノイ友好村4・奨学金贈呈+作文

2012年8月23日午前:

友好村4人目は、ハノイからずっとずっと南のハティン省から友好村に来ている中学生です。足の障害がありますが、とっても明るい表情の子です。作文にも、お母さんのことがよく書かれています。

+++

              蓮の花奨学金証書

                レ ティ フオン チャー
                 Lê Thị Hương Trà  さん

            愛のベトナム支援隊は、友好村ヅン理事
            長のご推薦で、チャーさんに、+++万VND
            の奨学金を贈ります

              ロシアの文豪レフ・トルストイが大事にし

             ていた言葉があります。

                                         「九階建ての高い建物もひと盛の土から建ち

                                         始め、千キロの長い道のりも足もとの第一

                                      歩から始まる」という言葉です。

                                          8月は、大事な第一歩。この1年間しっかり

             勉強を続けて下さい。

             2012年8月10日

             愛のベトナム支援隊

             奨学金寄贈者: 宮 尾 史 郎   

             立  会  人 :  佐 藤  諒

+++

続いて、作文「私の母」です。

                 私の母

母の愛は、世界のどんな友人や親類の愛よりも気高い最高のものです。私の生活に及ぼしてくれた母の愛ほど強くてあふれる影響力があるものはありません。私は、母は一番大好きです。母の愛は広く深く、永遠不滅です


母は国が戦争をしている時に生まれた女性でした。その時、食べ物にこと欠く貧乏な家に住んでい親兄弟の大家族でした。母は時々、私に昔の生活や苦労した状況などを話してくれました。今の日常の生活は昔より良くなりました。昔に比べれば確かにモノがあふれる現代社会となり、
自分達は独立国家に住んで何より一番良かったと思っています。

昔は、お米を作る農家でも、どうしたらお米を長く食いつないでいけるか、常に考えていろいろと工夫しました。特に山のなかの農家はたんぼが少なく、毎日食べるお米に麦やアワやサツマイモなどを混ぜて食べました。ほとんどどの家でも同じように暮らして過ごしました。

母は、24歳の時、父と結婚して、最初に姉(長女)を生まれ、次に兄(長男)が生まれました。その当時はもちろん子育て大変でしたし、生活も余裕がありませんでしたが、2人の子どもにも恵まれ幸せな家庭生活
を送っていました。

ところが幸せな家族突然不幸が振りかかりました。重い病気にかかった兄が他界し両親はものすご悲しみに包まれました。母は泣きながら兄を抱きしめて、その兄は母の胸の中で冷たくなっていきました。母は兄のことを思い出すたびに、いつも大粒の涙をたくさんたくさん流しました


れからかなり時間が経って、両親と姉は、ゲアン省に引越しました。生活の為に、母は畑や田んぼなどの仕事をして、父は近所の人々と一緒に金を掘りに行くという仕事しています。そんな生活の中で、母は兄(二男)、姉(二女)、姉(三女)そして私(末っ子)を生
ました。

私は、父が受けた枯れ葉剤の被害の関係で私にその影響がでました。障害者の私を見て、毎日毎日母は私を抱きしめて涙を流しました。だけど、母は悲しい時や落ち込んでいる時に周りの人たち励ましてくれました。母が笑顔になれない時、周りの人は笑顔になるように元気けてくれたので、そのお蔭で母も元気が出て頑張ろうとう自信を取り戻すことが出来るようになりました。だから、母は、「いつか歩けるような奇跡」が起きるように母は信じながら、歩けない私の足を一生懸命毎日マッサージをしてくれました


でも私の障害一生治りそうではありませんが、その代わりに母の愛情いっぱい育ててもらうことが出来、それだけでも何より一番幸せ者だと感じていました。ところが、本当に奇跡が起きたのです。私は、2歳の時、自分の足で立って歩けるようになったのです。その時、一番喜んだのはもちろん両親ですが、
近所や周りの人が家に来てくれて「おめでとう」とお祝いを沢山言ってくれました。

私の家族の生活は、少しずつでも良くなっていき、おじいちゃんのために田舎に帰りました。一生懸命稼いだお金で小さい家を買いました。そこで家族全員で過ごしています。ハティン(ハティン省)という私の田舎は、ムール貝のとれる所です。両親は、家族のために、毎朝、父がムール貝を川で取って、母がムール貝を綺麗に洗って市場まで売りに行っています。この仕事は、本当に大変で、特に寒い時期は厳しく、長時間川の水に浸かって一生懸命ムール貝を取る姿を見て、
胸が締め付けられるような気持でした。

私は、10歳の時、友好村から手紙を貰いました。「やった!ハノイに行けるんだ」という気持になり、すごく嬉しく思いましたが、逆に母は寂しい思いを噛み締めていました。でも、出発の日私と母は一緒に友好村まで行きました。これから母と離ればなれになるので母と私の二人とも一杯泣いてしまいました


でも、今の私の考えでは、大きくなって、やはり両親の負担を減らすことが出来ること、友好村で暮らしながら学習が出来たり、色々教えて貰うことが出来るので
何より感謝の気持ちでいっぱいです。

毎年、実家に帰るたびに、痩せ細っていく両親の姿を見ると、胸が締め付けられるような気持になります。特に、母は現在多くの病を持っています。時々、母の痛がっている姿を見ると、母の病気や痛みを私が全部代わってあげたい気持になります。病気なのだから、ムール貝の仕事を止めて、家でゆっくり休んで過ごしてちょうだい、と母に言っても、何か仕事をしなければという母の思いを止めることが、私には出来ません。母は、ムール貝取りの仕事は止めるけど、市場でお菓子やサツマイモなどを売ると決断しました。どんなに説得しても言う事を聞いてくれません。母が楽しく毎日過す事が出来るならと私たちは母が働くこと
に同意しました。

私は、現在中学校3年生です。勉強しながら刺繍やハガキ作りなどの手作りでお金を稼いで少しですが貯金ができるようになりました。

私を生まれた時から一生懸命育ててくれたお母さんだから、そのぶん一生懸命恩返しするつもりで、できることは何でもやろうと考えています。今はまだまだ何もできませんが、そのうち絶対親孝行できるように頑張るつもりで
す。

普段は照れくさくて「ママ、誰より愛していますよ!」「ママ、何時まで楽しく笑顔で、お元気でね」となかなか言えないけど、母は私の気持ちを絶対分かってくれているはずだと思っています。

「母」は、この世で何物にも替えることの出来ないたった一人の人です。私は、母のことを尊敬し、一番大好きです。誰にでも一人のすばらしい母がいる、それは最高に幸福なことです。たくさんの愛情を注いでくれ、いつまでも温かく見守り支えてくれ母、心から感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとう!お母さん。

レ・ティ・フオン・チャー(Lê Thị Hương Trà)

+++

ヅン理事長の話では、今年(2012年)・・いい成績をとったそうです。
「全科目とも好きですが、数学が好きです」と、チャーさんは言いました。

チャーさん、作文ありがとう。
遠いハティンから来て友好村にいるんですね。私も、しばらくハティンにいっていません。何回か、いきましたよ。そして、ゲアンにも。いつかまた、行ってみたいです。

作文、よく書けています。お母さんのことも、よく見つめています。
ご長男が亡くなられた時のことも、短い文章で、うまく表現しています。
貴方が歩けるようになった時のお母さんの歓喜が伝わってきます。それは何よりも嬉しかったでしょう。

ところで貴方の、明るさは、どこからきているんでしょうか。お母さんの明るい面を引き継いだのでしょうね。明るい表情をみると、ホッとします。力づけられます。

今、中学3年生・・・上の学校で勉強しますか? そうして貰いたいです。
ビンさんと仲良くすごしてください。

またあいましょうね。元気で。学校の往復を、絶対無事故で。カードを作っているそうで、いくつか買わせてもらいますね。

         愛のベトナム支援隊・北村 元
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# 支援ツアーHand-in-Hand(92)ハノイ友好村3・奨学金贈呈+作文

2012年8月23日午前:

本日の奨学生ご紹介は、ハノイの友好村にきて6年の女性です。確か、トゥエンクアン省出身の方だったと記憶しています。作文もしっかり書けています。最後まで、読んでください。

+++

                 蓮の花奨学金証書

 ホアン ティ ビン
                 Hoàng Thị  Bình

          愛のベトナム支援隊は、友好村のヅン理事長の
          ご推薦で、ビンさんに、+++万VNDの奨学金を
          お贈りします。

            オーストラリアの詩人、ヘンリー・ローソンの詩を
          
                          贈りましょう。

                         「時代は厳しい。しかし、怯
(ひる)んではいけな

                   い。勇気をもって戦い続ければ、いつの日か、今

                          の苦しみを笑える時が、必ず来るのだから」

                        ビンさん!嵐の後には、青空が広がりますよ!

                        2012年8月10日

                        愛のベトナム支援隊

                         奨学金寄贈者:
 山 本 邦 子

                         立  会  人  樋 口 志 保

+++

ビンさんが志保さんに送ったカードは、野原を飛ぶ蜂を表しています。ビンさんは、学校では絵画の時間が好きだそうです。

続いて、作文「私の母」です。

                                           私の母

母の人生は苦難の連続でした。なぜなら、母は貧しい家庭の出身のため高い学費を払う余裕がないので、学校は小学校5年生までしか通えませんでした。そんな家族の厳しい状況を理解した母、12歳の時に自分の故郷であるヴィンフック省を離れて、もっと北のトゥエンクアン省へ家事手伝いに行きました。

21歳の時に結婚して4
人子供を産みました。子供が多くて生活が大変ですが、子供たちのために毎日一生懸命お金を稼いで、私たちを学校に通わせてくれています。

母は仕事を終えた後、家庭に戻ってから家事をこなさなければなりません。私が病気になった時は田んぼなどの仕事を休み、私の病気が早く治るようにと心配しながら看病してくれます。

その時、痩せ細っていく母の姿を見ると、胸が締め付けられるような気持でした。看病は、すごく辛いし大変だと思うので、自分も積極的に病気と闘い、必ず勝たなければと自分に言い聞かせました。私の病気がやっと治った時に母に笑顔をいっぱい見せてくれすので、とても表情が豊かになりました。私にとって、母は本当に素晴らしく、こんなに素晴らしい親がいることを誇りに思っています。

2007年に、私はハノイにある友好村からの手紙を貰ったときに「これから、愛する家族と離れて、遠くの所へ行かなければない」と分かりました。もちろん、その時に一番寂しい思いをしたのは、私の母でした。

ハノイに行く1
週間前から、なるべく母といっしょに過ごす時間を作り、なるべく笑顔で過ごそうと心から思い、母と一緒に過ごす時間を大事にしていました。母と楽しく話をしながら食事をする時、母の手料理がすごく美味しく感じました。おいしい手料理で母と過ごす時間はとても大事なことだと思いました。

毎晩毎晩寂しそうに見える母は、私に見せないようにして涙を流していました。朝起きて母の顔を見たら、涙の乾いた跡が残って、目の下にクマが出ているのを見て、やはり母が沢山涙を流したことが分かりました。いざハノイに行く日が近づくにつれ、行きたくない、このまま家族といたいと思う気持ちが強くなりました。

ハノイに行く日は朝の7時ごろに起きて、いつもの母の手料理を食べながら、涙がとまらず、母をギュッと抱きしめて、とても寂しい気持ちがあふれました。その時、父は「もう時間だよ、行こうね!」と言ったので、私は、泣きながら「行ってきます」と母に向かって言いました。お父さんも寂しそうでしたが、私を集合場所まで送ってくれました。     午後4時ごろにやっと友好村に着きました。

家族仲良く、温かい家庭で育ったので、愛する家族と離れて寂しい気持ちになって初めての新しい環境でホームシックになって、なかなか寝られませんでした。

でも、その時以来、時間は気づかないうちに早くすぎてしまって、もう6年になってしまいました。毎年夏休みとお正月に実家に帰るたびに、玄関の前で待っている母の姿を見ると、私はすぐ走って泣きながら母を抱きしめていました。笑顔の中に寂しそうな目をするお母さんに、私は、毎回心の中で「本当にいつも心配ばかりかけてしまい、ごめんね!」と繰り返し言っています。

普段は照れくさくてなかなか言えないけど、「ママ、誰より愛しています!」と、母に向かって初めて言えたのです。その言葉を聞いて、母も泣きながら、私を胸の中にしっかり抱きしめてくれました。

母は、時には厳しく、時には優しく、いつも温かく見守って、応援してくれるお母さんには常に感謝の気持ちでいっぱいです。私たちの為に、一生懸命働いてくれているから、私たちは何不自由なく、ここまで育てて頂きました。私を大切に育ててくれてありがとう。お母さん、ずっと愛していますよ。

ホアン・ティ・ビン(Hoàng Thị Bình

                 プレゼントの交換風景です。
+++

ビンさん、お母さんのこと、よく書けています。ありがとうございました。
お母さんのご苦労があって、いまのビンさんの心の平和あるのです。すばらしい家族に恵まれたこと・・・ビンさんが忘れてはならないことです。
感謝、感謝の気持ちでしょう。
たくさん勉強して社会に出て、ご両親に喜んでもらえるようにしてください。
8月に会いましょうね。

         愛のベトナム支援隊・北村 元
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# 支援ツアーHand-in-Hand(91)ハノイ友好村2・奨学金贈呈+作文

2012年8月23日午前:

ハノイ友好村での奨学金贈呈式です。仙台の東北福祉大学の学生さんは、初めての訪問となりました。昨日のトゥン君に続いて、バオ君も聾唖者です。とっても、頑張っています。

+++

                 蓮の花奨学金証書

                 チン  クォック バオ
                 Trịnh  Quốc    Bảo

              愛のベトナム支援隊は、友好村のヅン理事長の
        
     ご推薦で、バオ君に、XXX万VNDの奨学金を
              お贈りします。

            天才でなくても努力して大成した人はいますが、

               努力せずして大成した天才はいません。

              ”努力すればするほど、夢は大きくなっていきます。

               『夢』というものは、『努力』という食べ物を食べて

               どんどん大きくなっていきます。バオ君の『夢』を

               『努力』で大きくしていきましょう。

                    2012年8月10日

                     愛のベトナム支援隊

                  奨学金寄贈者: 宮 尾 太 郎

                       立  会  人: 石 山  芽 衣

奨学金寄贈者は、支援隊の宮尾和宏さんのご長男です。

+++

続いて、バオ君の作文です。愛情厚いご両親の恩を感じて、私の母という作文では書けなかったのでしょう。お父さんを除外できなかった気持ちが、最初に書かれています。

                私の両親!!

私とチュンは友好村のおかげで、ハノイ聾唖学校で勉強することができました。

家から学校まで20kmの距離があります。2年前、私たち兄弟は小さかったので、父が2年間、毎朝5
時頃に起きて、私達にご飯を食べさせたり、服を着させたりしてから、古いバイクに乗せて、学校まで送ってくれました。しかし、学校に行くのも帰るのも凄く大変なのです。毎日道が混んでいて、父のバイク動くなるほど混雑します。その渋滞は毎日起こりますので、父の運転も慣れてきて、上手く運転することが出来るようになりました。

そして、雨の日問わずに、父が学校へ遅刻しないように真剣に慎重に運転してくれました。そのおかげで、今までも学校に遅刻したことはありません毎日、家に着く時間は午後5半から6時頃になります。道が大渋滞で、家に帰ったのが夜7
になったこともありました。その時、家では、私達のことを凄く心配していました。

母の手料理は素朴ですが、美味しくて大好きです。今日、母は畑で捕まえたカニと野菜をスープにし、揚げ豆腐とトマトを炒める料理を作ってくれました。料理の匂いを嗅ぐだけ、私のお腹が鳴りました。私とチュンさんは3杯も4杯ご飯お代わりします。やはり、母の料理は一番です。晩御飯ると、父は私達に宿題などを教えてくれます。父と母の苦労を思えば思うほど、への感謝の気持ちが湧いてきます。親の期待に応えて2
年連続優秀なる成績獲得しました。父はその優秀を友好村に送ってくれました。

ベトナムでは、9月に学校が始まります。今年、私たちは大きくなったので、新学年から父がバス停(家からバス停まで6kmぐらい)まで送ってくれて、バスに乗って自分で学校に行きます。新学年になったので、母は私達の為に、シャツと青いズボンを2
枚ずつ手で裁縫してくれて作ってくれましたましたので、本当にありがたいです。

親が精一杯愛情を注いでくれるので、私たちはもっと良い成績を取ろうと心に決めています。成績だけではなく、家事も親を手伝って成績をあげたいので、毎日を努力しています。

チン・クオック・バオ(
TRINH QUOC BAO)

バオ君のお父さんの毎日のご苦労は、ヅン理事長から以前お聞きしたことがあります。普通のお父さんが全員、こういう素晴らしい”通学と下校”という経験をしているわけではありません。ものすごい親子の闘争史だと思います。長い間大変だったと思います。バオ君たちが成長して、今度はバス通学になったとのこと・・・これも大変のようですが、お父さんも少し楽になったことでしょう。

バオ君の作文には、ご両親の子どもに対する気持ちが非常に良く書かれています。そして、そのご両親の行為に対して、学校の成績で応える・・・すばらしい成績をとっていることを、これもまた、ヅン理事長が嬉しそうに話をされていました。いつか、バオ君のお宅の夕食風景を拝見したいですね。

聾唖というハンディを背負っていても、心までハンディを背負っているわけではありません。どうか、大きな心で、勉強もし、家事も手伝い、さらにまた、普通の人だってハンディがないわけではありません。負けない闘志を燃やして、社会人になる前の学生生活を豊かなものにしてください。

作文ありがとう。良い成績をとってください。8月に会いましょうね。

          
愛のベトナム支援隊・北村 元
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# 支援ツアーHand-in-Hand(90)友好村1・奨学金贈呈

2012年8月23日午前:

いよいよ支援ツアーも終盤に入り、残り少なくなりました。
この日は、ハノイ郊外の友好村訪問です。

ヅン理事長が、自ら迎えてくれました。「去年も来てくれた方ですね」とまで言って、覚えてくれていました。

理事長さんから、ご挨拶をいただきました。

毎年来てくださって、本当にありがとうございます。友好村を訪問して下さる度に、新しい方を連れてきてくださって、大変に嬉しく思います。また、日本とベトナムの友好関係はもっと進むのではないかと思っています。ベトナム各地に奨学金を支援していらっしゃることを知っていますが、特に友好村に毎年毎年奨学金の支援をしてくださっていることに感謝しております。

そのお気持ちに応えて、ここの生徒たちは、よく頑張って勉強していて、今年は、とても良い成績を修めています。今回も子どもたちの親御さんも見えていますが、彼ら自身も枯れ葉剤の被害者です。親御さんに代わって改めて、お礼を申し上げたいと思います。皆様のご健康をお祈りします

奨学金贈呈に移りました。

+++

               蓮の花奨学金証書

                 ダオ スアン トゥン
                                 Đào   Xuân  Tùng 

                             愛のベトナム支援隊は、友好村ヅン理事
                             長のご推薦で、トゥン君に、XXX万VNDの
                             奨学金を贈ります。 

                   読書の素晴らしさが分かる人は、「二つの世界

                       に住めます。狷鵑弔寮こΝ瓩箸蓮現実の世界

                       と本に描かれた世界です。若いトゥン君が、いま

                       この経験ができれば、心の栄養がたくさん溜りま

                       す。今年は、たくさん良い本を読んでください。

                              2012年8月10日

                              愛のベトナム支援隊

                              奨学金寄贈者:
 桑田弘一郎 久代  

                              立  会  人
 阿 部 真 帆

+++

奨学金を受け取ったトゥン君は、お返しに、自作のカードを阿部さんに送りました。

ところが、トゥン君の作文は、未提出のままです。全奨学生への課題ですので、これはイエロー・カードになります。掲載できないのは、ほんとうに残念です。

         愛のベトナム支援隊・北村 元
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| comments(0) | - | 07:51 | category: 奨学金支援 |
# 支援ツアーHand-in-Hand(86)クアンガイ省11.奨学生と懇談会
2012年8月22日午前:

クアンガイ省の省都クアンガイ市のペトロセッコー・ホテル。
全ての行事を終えて、蓮の花奨学生に残って頂きました。

宮尾さん(写真上)から、年2回義務付けた報告書の発送にあたり、封筒の書き方を説明してもらいました。ふうとうには、間違いのないように日本への宛先は印刷済みです。日本までの切手もすでに貼ってあります。なのに、なぜ、全員の手紙が揃わないのか・・・原因の1)は、口酸っぱく言っても報告書の提出期限を忘れる人がいます。2)封筒を紛失する人がいます。探しません。そのうち、出さなくても、まあいいかとなります。 そういう人ばかりではありません。きちっと送ってくる人もいます。

懇談会に入りました。
写真でも分かる通り、そうとう和やかでした。話し合える雰囲気が毎年醸成されていくようです。私たちは、励ましの永遠の伴走者です。人を励ませることがどんなに偉大なことか。走る主体者は奨学生。奨学金は大事ですが、それだけでは毒になることもあります。奨学金を出してくださった方の精神をつなげていくのが、懇談会です。

奨学生の中には大学生もイましたので、東北福祉大学の生田目先生への質問もありました。

今年、クアンガイ省で注目されたのは、省都から遠く離れたバトー郡から一人、蓮の花奨学生が選ばれました。その子は、ホントットさんです。これは、どういうことを意味するかということです。

クアンガイ省の枯れ葉剤被害者協会の組織が成長してきたことが上げれられると思います。そして、同協会の会長であるロンさんの人柄によるところが大きいですが、組織内の被害者がよく把握出来ているということです。3番目として、前回のブログにも書きましたが、ホーチミン賞を受賞した有名なフオン・リュー(赤くて、香りのいいざくろの花を意味します。実は、この名はペンネームです。実母の名前Phuongと義母の名前Luuを合わせたものです。本名はブイ・ヴァン・バー)という中国文学の大学教授が、その賞金の半分を故郷の枯れ葉剤被害者の奨学基金として差し出したことです。そのことが、同協会の省内の枯れ葉剤被害者の把握につながっていったことです。

そういう点で、私たちは、クアンガイ省枯れ葉剤被害者支援の活動に非常な安心感を感じました。

かつて、他の省で車椅子、補聴器を支援していた時に、地元共産党の幹部優先、買う余裕があるにもかかわらず富裕家庭優先で贈呈先を決めていた省がありました。私たちは、喧嘩しました。口を酸っぱくして、貧困世帯優先、症状の重い人優先を訴えてきたにもかかわらずです。なかには、「先にカネを持って来い」という横柄な省もありました。

おしまいに、私たちは、樋口志歩さんのピアン伴奏で、歌を歌いました。

ふと、部屋の隅に、松葉杖の方が二人いました。トー・クエンさんのお母さんと、トットちゃんのお父さんでした。そこで、記念撮影をしました。


最後まで、カメラのレンズを見なかったお母さん・・

お父さん、お母さん、ご健康で・・・と祈らずにはいられません。そして、奨学生のこの笑顔が8月まで・・・消えないように・・・。澤穂希選手ではないが、「苦しくなったら、私の背中を見て」ではないが、「苦しくなったら、私たちの背中を思い出して・・」と。

8月の再会が楽しみです。

         愛のベトナム支援隊・北村 元
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# 支援ツアーHand-in-Hand(85)クアンガイ省10・奨学金贈呈
2012年8月22日午前:

私たちの奨学金贈呈が終わると、クアンガイ省枯れ葉剤被害者協会による奨学金贈呈が16人に対して行われました。

一人ひとりがどんな思いで受けているのでしょうか・・・他人事でなく、私は思うのです。

その後、私たちの奨学金を受け取った人たちとの記念撮影をしました。

そして、23人全員の奨学生と、枯れ葉剤被害者協会役員・・私たち愛のベトナムの支援隊全員が入っての記念撮影になりました。

次の1年、健康で勉学に励めるような日々であるますようにと祈りつつ・・・カメラに収まりました。彼らの進路が、順風満帆の日々であるはずがないからです。勉強したくとも、生活のために勉学を遮られる日々だってあるからです。自身の健康が損なわれる時もあるでしょうし、愛する両親の健康状態にもよるからです。そのことは、ここに掲載してきた彼らが書いた作文でもお分かりになると思います。

明日は、私たちの奨学金を受けた人たちとの懇談会の様子をまとめます。

        
愛のベトナム支援隊・北村 元
        Love & Support Vietnam

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# 支援ツアーHand-in-Hand(84)クアンガイ省9・二人の女性の挨拶

2012年8月22日午前:

※今日は、珍しく一日に(83)と(84)の二本をアップしてありますので、この二本ともぜひ御覧ください。

私たちの奨学金贈呈が終わった後、他の16名の生徒たちの奨学金贈呈式が行われました。
なぜ、ここまでクアンガイ省での奨学金がふえたかと申しますと、地元出身の大学の先生が国から文学賞を受けて、その賞金の半分ほどを、枯れ葉剤被害者協会に寄付したことに始まります。

そういう人が出てきて、故郷の人材育成に協力することは、とてもすばらしいことだと思います。私たちのように国外からの支援も決して悪くはありません。同時に、国内の理解者が増えていくことは、もっと素晴らしいと考えます。その大学の先生に心からなる拍手を贈りたいと思います。

それが終わって、二人の女性から挨拶がありました。

一人は、奨学生を代表して、レ・ティ・キム・チュンさんが挨拶しました。

       感謝の言葉を述べるキム・チュンさん(左) 通訳のホアさん(右)

「愛のベトナム支援隊の皆さんとクアンガイ省枯れ葉剤被害者協会の皆様、ご家族の皆様。

きょう、私は学生たちを代表して、感謝の気持ちを伝えさせていただきます。

何年にもわたって支援してくださった愛のベトナム支援隊、クアンガイ省枯れ葉剤被害者協会、そして、ある大学の教授が奨学金を贈ってくださったことに、大きな感動を覚えました。

こうした大事な方々の気持ちを、私たち学生はよく理解し、一所懸命勉強致します。
ここで、私たちは、協力してくださる方々に、私たち学生は心から「ありがとうございます」と感謝の気持ちをお伝えたいです。」(
了)

次は、ハノイで語学留学していた薄木 久瑠実さんが、出席者の前でベトナム語で挨拶しました。私たちの参加者の中から、こういう挨拶をしてくれる人が出たことを誇りに思います。

皆さんこんにちわ、私の名前は薄木久瑠実です。

今、ハノイ大学でベトナム語を勉強しています。まだベトナム語は上手ではありませんので、許してください。

今日は、2つのことを手短かに話しをします。

まずは、私の好きな言葉です。「意志あるところに道あり」という言葉です。私は、どんな辛い時であっても、強い意志があれば道は必ず開けると信じています。

次は「感謝の気持ち」です。どんな時も、どんな小さなことでも、ありがとうという気持ちを忘れないでください。ありがとうという言葉は、言う側も受け取る側もとても、気分が良くなります。日本語では、cám ơn
は ありがとう といいます。ぜひ、覚えてください。私もこの二つの心を持ち続ける女性でありたいし、ここにいる皆さんも、そういう人々になってくれるように願っています。聞いてくださってありがとうございました。」(了)

薄木さんは、すでに1月に大阪大学に戻られています。そして、就活中・・・とか、目指す卒業論文では枯れ葉剤被害者の支援をとりあげるそうです。私たちも応援したいと思います。

ご成功をお祈りします。

         愛のベトナム支援隊・北村 元
        Love & Support Vietnam

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# 支援ツアーHand-in-Hand(83)クアンガイ省8・奨学金贈呈+作文
2012年8月22日午前:

今日も、クアンガイ省での奨学金贈呈のご報告、7人目の最後の人になります。
高校2年の女子学生です。

+++

蓮の花奨学金証書

               ファム ティ トゥー タオ
               Pham  Thị  Thu   Thao さん

           愛のベトナム支援隊は、クアンガイVAVA
           ロン会長のご推薦で、トゥ・タオさんに、
                    奨学金XXX万VNDを贈呈します

                         財産を失ったのは、いくらかを失ったことだ。

                          勇
気を失ったのは、すべてを失ったことだ」と言っ
 
                        たのは、文豪ゲーテです。 ホンダのバイクで

                        知られる本田宗一郎(ほんだそういちろう)社長、

                           生前、チャ
レンジして恐れるよりも、何もしないこと

                          を恐れ
ろ!と言いました。大事なのは勇気です。

                         2012年8月10日

                           愛のベトナム支援隊
                           奨学金寄贈者: 櫻 田 基 金

                           立  会  人
川 津 康 代 

+++

続いて、タオさんの作文です。私たちが課した題名は「私の母」です。タオさんが書いてきたのは、「私の父」です。 読んでみてください。

ファム・ティ・トゥー・タオ(PHAM THI THU THAO)
住所:クアンガイ省ソンティン郡ティン・トー村(※ソンティン郡は、あの忌まわしいミライ虐殺事件の現場がある所です

                  私の父!

すべての人には、誰でも父と母がいます。養子であれ、亡くなった
親であれ、記憶の中に絶対に親の姿を覚えているものです。私にとって父は凄い人、常に尊敬し、愛する人です。

今までも、これからもその愛情は変わりません。私の生活は衣食などが不十分ですが、愛情が溢れている家族で満足しています。しかし、父は子供の頃に、祖父から愛情を十分に受けること無く、その上他の人のように健康な人ではありません


私は子供頃に、祖母から父のことを色々な話してもらいました。父が4〜5歳の頃に、祖父が他の女性と駆け落ちし、祖母と父と二兄弟を残したまま出て行ってしまいました。その時から、家族の生活は困難と貧乏を背負うこと
になりました。しかし、祖母と父は困難を乗り越えて、前向きに頑張って良い生活を送れるようになりました。

残念なことに父の身体は枯葉剤の被害にかかっていますが、父はその枯葉剤と戦って頑張って生きています。祖父が家を出てから、祖父に代わって祖母と兄弟を守ることになった父には、黙々と一家を支え続けてきた性格が強く表れています。そのため、他の人から見ると、父はおとなし、無口な人だと思われていますが
家族の中では、とても良い人、話しやすい父です。

ところで、父の子供頃の性格はいたずらで、いつも祖母に口答えする子だったそうです。父は祖父から愛情を受けなかったので、父は自己主張の強い性格の子供だったのでしょうか。しかし、父は学校に通ってから、性格が変わり、勉学に努力し、いつもクラスの中トップでした。しかし、学費を払うことが出来なくなり、中学3
年生で退学しました。その後、父は結婚し、私と妹が誕生しました。私は父と母の両方が大好きです。母は父のことを愛し、私は私達を生んでくれたことを心から感謝します。

年月が経つが早く、過去を振り返れば、私小学校1年生の時、父は家族の生活を養うためにサイゴンに行って宝くじ売りをして歩きました。離れて生活している時は、父のことをすごく思い出しました。毎朝、私の父は宝くじの束を持って、人がコーヒーを飲んだり、サンドイッチ等を食べたりしている屋台や店などはいったり、あちこちに行ってお願いしました。父はいつも夜中にアパートに戻って、ご飯を食べて、行水をしてから寝ます。そういう状況
ずっと続きました。

父は困難苦労を抱えながらも、常に私たちを励まし、学校に行かせてくれました。父は私たち「勉強すれば将来は良い生活を送れ、それにお前達が成功すればお父さんに親孝行してくれると思っている」と言いました。父のこの言葉を絶対に忘れません


しかし、父のお金だけでは家の生活を賄うことができなかったので、生活は成り立ちませんでした。母は家で農業の仕事をしながら、私
たちを育てています。米収穫期でも、わがご飯は足りず、他の所で買わなければならないほど
父と母は生活の苦難を抱えていました。

一番酷かったこと私が中学校2年生の時に台風9号の災害で家を無くしてしまったことです。母はたくさん泣きました父はその時、側にいませんでした。母の悲しい顔を見て、自分自身は絶対良い成績を取る勉学を一所懸命に頑張ると心に誓いました。そして、大人になって、良い仕事を見つけて、貯金をして、親の為に、しっかりした家を建ててあげたいという夢を持ちました。家を無くした後、新しい家を建てる為に、親は銀行へ行ってお金を借りました。それ以来、父は家から遠く離れた、不便なサイゴンに行かないで、ダーナンで仕事をするようになり
ました。

今、私は高校の2年生になりました。高校に入ったら学費も高くなりました。父の足は段々弱くなっています。その足いつまで歩けるでしょうか。父のことがすごく心配す。そういう状況を考えると、私は学校を止めて、家族のために働いてもいいと思っていますが
、私は父に約束しましたので、何があっても、最後まで頑張って勉強します。勉強に成功すれば親が良い生活を送ることができると考えますので、毎日、その決意を持って、前向きに良い成績を獲得できるように精一杯頑張ります。

父はこういう生活の中で多くのものを失ってきましたが、でもその代わりに小さいけど幸せな家族を持っています。私は社会に出て仕事をするまでまだ時間かかりそうです。ですから、父がいつになったらゆくり休めるかどうか分かりません。実は自分の心の中は、早く大学を卒業して、親の生活を養いたいという気持ちでいっぱいです。父は私にとって、尊敬できる人であり、愛情深い人です。父から色々な事を見習わなければなりません。

お父さん!いつも元気で生きて下さい!私は、お父さんを愛しています!

+++

タオさんが、「私の父」という題で作文を書いた理由が少しわかりました。題だけ見た時に、お母さんがいらっしゃらないのかと思いました。

子供の頃から苦労の連続であるお父さんのことを思って、そして、枯れ葉剤の被害もできてきて、足の力も衰えきて、なんとかしてあげたいという長女としての気持ちが、「私の父」という作文にでたのでしょうね。

お父さんは、ダナンで、宝くじを売っていますか? それとも、他の仕事に就いていますか?

両親を絶対に楽にさせるんだという強い決意が、タオさんを前へ前へと進めていくと思います。
目標を高いところにおいて、めげずに頑張りましょう。

素晴らしい作文をありがとうございました。8月に会いましょう。

         愛のベトナム支援隊・北村 元
        Love & Support Vietnam

     <本ブログの無断転載・複製を固く禁じます>

    © 2011-2013 Love & Support Vietnam All rights reserve.

| comments(0) | - | 07:37 | category: 奨学金支援 |
# 支援ツアーHand-in-Hand(82)クアンガイ省7・奨学金贈呈+作文
2012年8月22日午前:

昨日はドゥック君・・・・今日はトットちゃんという名前の女性です。私は、ベトナムでこういう名前の女性は初めてです。黒柳徹子さんの本にありましたね。「窓際のトットちゃん」

+++

蓮の花奨学金証書

               グエン ティ ホン トット
               Nguyen Th Hong Tot さん

         愛のベトナム支援隊は、クアンガイVA
         VAロン会長のご推薦で、トットさんに、
         奨学金XXX万VNDを贈呈します。

         クアンガイの花の季節には、「木も大きな
   
        
 花を咲かせ、皆の心を楽しませてくれる。

         人間も、何か人のためにならねばならない」

      ・・その故郷(ふるさと)へ思いの中に、トットさんの
  
     
 使命が見つかるのではないでしょうか。

       2012年8月10日

      愛のベトナム支援隊

      奨学金寄贈者:
櫻 田 基 金

      立  会  人
  大  庭  祐  介

+++
グエン・ティ・ホン・トット
(Nguyen Thi Hong Tot Quang Ngai)

                 「私の

人の考えではお母さんはどんな人と表現していいか分かりませんが、私にとってお母さんはいつも私の心にいますし、お母さんは私の全てです。

私のためお母さんは長い間仕事をしましたので、今お母さんの健康は前ほど余り良くありませんが、母の器用な手先のお蔭で今の私があります。私の母は今年50歳になり、苦労の多い畑の仕事を辞めて、父手伝をして、家族のため、家の小さい庭に綺麗な菜園を作っています。それに、母は几帳面な性格
主婦です。家のものはきちん整理整頓出来ていなければ気が済まない性格です。

健康のために夜更かししてはいけないということ何回も何回も母から教えて貰いました。しかし、る時、私は母の忠告を聞かずに母を心配させてしまいました。ある日雨が降りそうな天気で、母は「傘を持って出かけなさい」と言ましたが、私は言うことを聞かず出かけてしまい、学校が終った頃雨が降り出し家に帰えるまでにずぶ濡れになりました。母は凄く心配してすぐ着替えさせてくれて布団に寝かせてくれました。

その夜、私は高熱を出してしまいました。母は寝ずに私を介抱してくれましたので熱
下がりました。目を覚まし母の顔を見ると目が赤くなっているのに気が付きました。母は元気になった私を見るとホットしてとても喜んでくれました。その時、言うことを聞かなかった私は
母を抱き締めて母に謝りました。母は娘が良い子になったと思って優しく微笑んでくれました。

その時以来私は母のこともっと理解できるようになり、ますます母が好きになりました。そして、どこへ行っても家と家族と母の暖かい心を思い出します。母の動きや声等はとても小さいですが、母には私に対する大きな愛が
ります。

母の愛と比較できる愛はりません。母の愛に代わる無いと思います。母の愛は口では言い表せない神聖な愛だと思います。さんが居なくて、幼いころからお母さんから暖かい愛を貰えない孤児を思うと
私はとても幸せだと思います。だから、母を大切に思っています。

どこに行っても母の愛より大きい愛は無い」とう諺は本当に正しくて、深い意味がると思います。「お母さん!私はお母さんが大好きです」とこと
を母に言いたいです。

+++

作文ありがとうございました。

トットちゃんの住所を見ましたら、「バトー」に住んでいるんですね。そういう遠いところに住むあなたが奨学生に選ばれたということは、クアンガイ省の枯れ葉剤被害者協会が、ちゃんと被害者を把握しているということです。ロン会長にも感謝してください。

一昨年、クアンガイからコントゥムに車でいきましたが、バトーを通りました。

クアンガイの中でも、バトーの自衛軍は、かなり早い時代から創立されていましたね。フランス統治時代から、山奥の街で、バトーの自衛軍がよくも多くの人を動員できたなと、薄い知識として頭のなかに入っていますし、クアンガイ省ではミライの虐殺事件の他にも、ビンホアの虐殺事件、ディエン・ニエンーフックビン虐殺事件などが頭に浮かんできます。

それだけに、バトーの街の通過は興味深いものがありました。ただ先を急ぐので停車はしませんでしたが、ちょうど道路工事にあって、通行止めになっており、迂回路をさがすために、運転手さんが行きつ戻りつしたので、余計印象に残っています。

8月22日も、そこからきてくれたのですね。
午前9時の贈呈式に間に合わせるには、家を相当朝早くでたのでしょう。
ご苦労様でした。ありがとうございました。
初めてお会いしましたが、ちょっと緊張していましたね。

お母さんを大事に。お母さんから、大切なことを一杯学びましょう。
そして、平和な時代のバトーの平和の闘士になってください。


         愛のベトナム支援隊・北村 元
        Love & Support Vietnam

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