〜愛のベトナム支援隊〜 Love and Support Vietnam

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# 「絶望死」が増加する米国社会の暗い闇

昨日のアクセスは、217・・・・うれしいですね。ありがとうございました。

 

今朝、ロイター通信が下記のようなニュースを送って来た。

絶望死がふえているというのだ。記事のごく一部をご紹介する。

 

タイトルは、コラム:「絶望死」が増加する米国社会の暗い闇 である。

原稿は、エドワード・ハダス 写真はLucas Jackson記者だ。

   

[ロンドン 29日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 1世紀以上ものあいだ、戦争か疫病、あるいは自然災害でもなければこのような状況は発生しなかった。だが、ソ連が崩壊したときにそれは起きた。そして今、米国も同じ状況を迎えている。

米国の国民、特に白人で低学歴層の平均寿命が以前よりも短くなっているのだ。主な原因はドラッグ、アルコール、そして自殺だ。

 

プリンストン大学のアン・ケース教授とアンガス・ディートン教授は、これら「絶望による死」の背景にある統計を紹介している。ブルッキングス研究所のためにまとめられた両教授による最新の研究からは、25─29歳の白人米国民の死亡率は、2000年以降、年間約2%のペースで上昇していることが分かる。

 

他の先進国では、この年代の死亡率は、ほぼ同じペースで、逆に低下している。50─54歳のグループではこの傾向がさらに顕著で、米国における「絶望による死」が年間5%のペースで増加しているのに対して、ドイツとフランスではいずれも減少している。

 

米国社会の最底辺では特に状況が深刻だ。

学歴が高卒以下の人々の死亡率は、あらゆる年代で、全国平均の少なくとも2倍以上のペースで上昇している。また、低学歴の米国民のあいだでは、「健康状態が良くない」と回答する人が、以前に比べて、またより大きな成功を収めた米国民に比べて、はるかに多くなっている。

 

何か重大な問題が進行している──。単に経済云々ではなかろう。というのも、米国経済は成長しているし、失業や脱工業化は他の先進国にも共通する問題だが、そこでは「絶望による死」は増加していないからだ。米国の独自志向にこうした憂鬱なバリエーションが表われるには、何か別の理由があるに違いない。

 

と、こ引用はこまでにしておきたい。

 

こういう問題の解決は、おカネではなかなかできない。

 

アメリカのエリート層を送り出してきたハーバード・ビジネス・スクールが、知識偏重に誤りをみつけ、東北大震災の現場に学生を送り出して成果を上げつつあるようだが、この記事に出てきたような最低辺の人々を、アメリカ政府の費用でベトナムに送りこんではどうだろうか。

 

ベトナム戦争中にアメリカ軍が撒いた枯れ葉剤で、いまなお、多くの人が塗炭の苦しみをあじわいながら、懸命に生きている。

トランプさんの言う「アメリカFirst」の人材を他国で養成するのだ。人を助けながら、自らの精神面を強くしていく・・・

 

私たちが行っている支援隊のツアーに、日本のある不登校の生徒が参加した。目標を全く見失っている生徒だった。

タバコは吸う。酒は飲む。

彼は、ある日、一人で街に出て、酒を飲んでいた。まだ中三である。

彼は、ベトナムの人から、叱れらたのだ。「若い年して、なにしてんだ」

彼は、泣いた。「父親も、こんな風に叱ってくれなかった」

やがて、彼は、見事に立ち直った。

中三でやめて、社会人にはなったが、社長賞の連続だ。

 

単純な一例にすぎない。

しかし、ベトナムでの生活は、HBSと同等かそれ以上の効果をあげるのではないかと、期待できるのだが、皆さんはどう思われるだろうか?

 

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# 22年前のベトナムの山の少数民族小学校

いま、ベトナムの写真を整理しています。今日は、22年前にとった写真をご紹介します。

デジタルの時代の前のフィルムの時代です。

 

私は、ベトナム北部・・中国との国境と隣り合わせのサパに行きました。

フランス人が開発した国際リゾート地と言われていますが、自分たちが遊びたいために開いたリゾート地です。今は、それこそ、国際リゾート地です。

 

私は、ベトナム外務省の報道官と一緒に、少数民族の小学校を訪問しました。テレビ撮影のためです。

ドイモイ政策が施行されて10年弱。しかし、その政策の好影響など微塵も感じないほど貧しい学校でした。

朝礼が行われ、校長先生が話しています。

  

実は、生徒全員が、椅子に腰かけているのではなく、しゃがんでいるのです。つまり、ウンコ座り、つまりヤンキー座りなんです。今、日本人にも、これができな人が増えています。校長の挨拶は15分以上にのぼりました。皆、このヤンキー座りを続けていました。

  

少数民族のための小学校ですので、ボ-ディング・スクールです。寮制の小学校です。親を離れて5日間学校の寮に泊まって、土曜日に実家に帰り、日曜日に学校に戻ります。生徒がしゃがんでいる向こうには、洗濯ものが干してありますね。彼らが、この学校で暮らしている証しです。

    

自宅まで片道4時間5時間もの道のりです。これでは、毎日登校・下校できない時間です。

 私の好きな写真を1枚、最後に貼り付けます。前へ倣え・・をして、前に詰めるとこうなります。可愛いですね。

  

4枚だけ貼り付けましたが、またご紹介するかもしれません。

 

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# 見事な朝焼け

昨日の早朝の朝焼けは見事でした。

  

友人からもメールを頂きました。「今日は、朝焼けショーがもの凄かったですね」と。

 

朝焼けの場合は、東の空が赤く色付きます。太陽と地表の間に雲があると綺麗な赤色にはなりません。

朝焼けが起きる時は、東の空には、雲が無いということです。しかし、西にある雲が段々と東にやってくるため、天気は下り坂になると言われますが、これは必すしもあたりません。

 

 でも、昨日は当たりました。昨日は、ニュー・サウス・ウェールズ州の一部で、雹に見舞われ、洪水も出るほどでした。雨を告げる雲に焼ける朝日は、ことのほか 美しいことがあります。太陽光線の関係で、いろいろに色彩を変えていきます。

 

 ことわざに「朝日の出づる時、雲青く見ゆるは雨の兆し」 とありますが、昨日はピンクのあとはすぐどす黒い雲になっていました。

 

明日は、ケネディ宇宙センターからファルコン9が、通信衛星エコスター23を打ち上げます。天気が気になりまファルコン9は、

かつてアポロ宇宙船が月に飛んでいた時代の歴史的に有名なローンチ・パッド39Aから打ち上げられます。スペイスX社が20

年間のリース契約をしたところです。

 

  

  写真は、ファルコン9の2月の打ち上げです。(写真:NASA)

 

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# Worm Moon(芋虫月)

昨日のアクセス数は168でした。ありがとうございました。

 

三月の満月は、ほんとうは、今晩ですが、シドニーでは見られない可能性があり、12日に,東からの強風が吹きつけるDee Whyの海岸に行きました。水平線上に雲とガスがたまり、水平線に顔を出す瞬間は撮れませんでした。月全体も鮮明度がなく、あまりチャンスには恵まれませんでした。

 

Worm Moon(芋虫月)

  

  数マイル先を北上するクルーズ・ライナー 肉眼ではほとんど見えません。

   

   近場で強風を利用して、パラセイリングを楽しむ人  

  

 満月、それは私たちを魅了します。数千年も前から詩人、芸術家、そして恋人たちにとってのインスピレーションの源です。

 

 地球の衛星である月は毎月そのさまざまな位相を通過し、新月から満月そして元の状態へという一定のサイクルの中で満ちたり欠けたりしています。

  

満月は約29.5日ごとに起こります。そのときに、月は地球を挟んで太陽のちょうど反対側に位置し、太陽の光をその全面で反射して、きらきら輝く完全な円板のように見えるようになるのです。

  

 人類は数千年も前から、月の動きを利用して過ぎゆく年の経過を追い、狩猟、種まき、そして収穫のスケジュールを決めるカレンダーになってきました。古代に生きた世界中の人々が、その時々の植物、動物、または天候の動きを基にして満月に名前を付けてきました。

 

今月3月は、Worm Moon(芋虫月)です。

  
 ネイティブアメリカンは、冬の終わりを迎える3月の満月にWorm Moon(芋虫月)という名前を付けました。北半球での命名ですから、冷たい気温が緩み始め、芋虫がでてくるのにちなんで付けられた名前ですね。

 

 ほかには、(純潔月)、(死月)、(堅雪月。日中に雪が溶け、雪解け水が夜に凍り付いて表面の固くなった雪を表している)、そしてSap Moon(樹液月。カエデの樹液採取にちなんだ名前)などがあります。

 

  北半球の人には、冬の最後の満月です。大震災の影響うぃ受けたままの人達には、「冬は必ず春となる」を告げてくれる満月です。そして南半球の人には、特にオーストラリアの人には、"scorchet continet"を実感した夏の最後の満月です。

   

バイクで見に来たのか、強風に吹かれながら、中高年のご夫婦が椅子に座っていました。

結構、大きな月でした。月天子はいいですね・・・。

 

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| comments(0) | - | 08:23 | category: 管理者の徒然日記 |
# 大震災から6年・・2

昨日、東日本大震災の津波で両親と子供3人の家族5人を失った若いご夫婦のある新聞記事を読みました。

 

「子を守れなかった親が新しい命を宿していいのか」と「罪悪感」にもさいなまれながらも、周囲に励まされながらも、ご夫妻は12年と14年に一女、一男をもうけました。新たな命を育む中で、ようやく「産んで良かった」と思えるようになった、と書かれていました。

 

奥さまは、「朝ご飯をみんなで食べて、夫を送り出す。この日常が、私たちの復興かなと感じています」・・・とすばらしい気持ちを吐露されていました。

 

あの東日本大震災から六年――。未曽有の災害、未曽有の犠牲者を出した震災ですから、一人ひとりの心の復興への歩みを、物差しで測ることはできません。多くの人が、未だ「非日常」を続けている中で、この 若きご夫妻は、深い悲しみの中から、よくぞここまで立ち直ったと嬉しくなります。

    

こういう人々を皆でもっともっと作り出していくことこそ、ヒューマニズムの精神だと思います。そして、「一人もおいてけぼりにしない」国連スローガンにもつながります。常に、「一人の人生がどうなったか」という視点が大事ですね。

 

昨年は、仙台市の岩崎 航さんの詩、岩崎健一さんの絵を写真にして、べトナムに運ばせていただきました。クアンガイ省の奨学生が想像以上に心情を吐露してくれました。震災地で励ましを送るお二人に感謝してもしきれません。すばらしい言葉の力と絵画の訴える力を身近かに経験させて戴きました。負けじ魂のお手本を拝見した気がします。

 

東北で頑張り、東北で成長した若人と、毎年支援旅が出来ることはこの上もなく楽しみでしたが、ことしはもっと楽しみがふえそうな気がします。私は微々たる力しかもっていませんが、彼らと共に今年もベトナムの枯れ葉剤被害者に寄り添うボランティア活動に精を出したいと考えます。抜け出しがたい悲しみと、奈落の深い苦しみを経験した彼らだからこそ、本当の優しさがあると思っています。

 

昨日は、祈りを捧げながら、そう思いました。

 

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| comments(0) | - | 10:25 | category: 管理者の徒然日記 |
# 大震災から6年・・・

昨日のアクセスは180でした。その前日は125でした。ご訪問ありがとうございました。

 

2万1000人以上が犠牲になった東日本大震災は、11日で発生から6年を迎えました。2192日が経ちました。

 

岩手、宮城、福島の東北3県を中心に襲った津波の災害を複雑にしたのが、東京電力福島第1原発事故で、今も約12万3000人が全都道府県に避難しています。被災3県の仮設住宅に約3万4000人が暮らす。災害公営住宅(復興住宅)の建設や宅地造成の遅れ、原発事故の影響などで避難生活は更に長期化する見通しで、「非日常」は、とめどもなく続いています。

 

 10日現在の警察庁のまとめでは、死者1万5893人、行方不明者2553人で戦後最悪の自然災害になりました。改めて、亡くなられた方が多の御冥福を衷心より祈らせていただきます。

 

避難中の体調悪化などが原因の震災関連死は2016年9月末現在、全国で3523人で前年比116人増加しました。このうち福島は2086人で直接死を上回っているのです。どんなに心を痛め続けている人が多いかが分かります。

 

この3・11の翌年から、仙台の東北学院大学の野崎教授のご紹介で、東北福祉大学の学生さんが、生田目学文教授の引率で参加してくれました。

 

阿部真帆さん、石山芽永さん、佐藤諒さん、樋口志歩さんの4名でした。震災の翌年ですから、私たちが毎年訪問している各省のVAVAも、「よく来てくれましたね」と、心から歓迎の気持ちを表してくれました。

 

阿部さんは、最上級生らしく落ち着いて、奨学金贈呈の時などは、本当に心をこめて証書を読み上げてくれ、優しさのにじみ出た贈呈をしてくれました。

  

石山さん(写真下・右)は、ニンビン省の小学校で行なった紙飛行機大会で、紙飛行機づくりを指導する主役を担ってくれました。大会は盛り上がり、メダルを叙してくれました。

  

  

  

佐藤 諒さん いつも笑顔の絶えない人。やさしく真面目な人柄。この年支援隊に力を貸してくれました。

      

  

樋口志歩さん。一年生でした。ピアノができることを生田目先生から知らされ、メールで連絡をとらせてもらいました。「なんでもやらせてください」 この一言に、私がどんなに元気をもらったことでしょうか。以後4年間、ハンドロール・ピアノ演奏の大役を担ってくれました。

  

  

震災地から支援隊ツアーに参加してくれた若い学生さんがベトナムの人々に好印象を与えていることが如実にわかりました。「自分のところが大変なのに、よく来てくれました」と、先々でVAVAの会長から感謝の気持ちを率直に表し、ベトナムのテレビで報道された、食事の配給に列を乱さない東北の人のモラルの高さ、真面目で忍耐強いという自分たちが受けた印象意外に、やさしさも格別なのだと思ってくれたようです。

  

いま、「非日常が終わりを見せない」東北に思いを馳せながら、私たち一人一人が復興の片棒を積極手に担ぎ続ける日々であることを誓い、声を限りの応援を続けていきたいと思います。そして、「非日常の終止符を打てない」中、新たな文明を作り出す戦闘を切るのは、東北の学生の皆さんであると思います。

 

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| comments(0) | - | 10:04 | category: 管理者の徒然日記 |
# 両陛下 ベトナムご訪問

昨日のアクセスは、132でした。ありがとうございました。

天皇、皇后両陛下のベトナムご訪問をお伝えします。ニュースの出典は、時事通信とvietjoです。

 

両陛下、ドクさんと面会=「ベトちゃんドクちゃん」弟

                  

日本大使夫妻主催のレセプションで、グエン・ドクさん夫妻(前列右から3人目、2人目)と話される天皇陛下=2日夜、ベトナム・ハノイ(代表撮影)

 

 【ハノイ時事】ベトナムを公式訪問中の天皇、皇后両陛下は2日夜、滞在先のハノイのホテルで開かれた日本大使夫妻主催のレセプションで、結合双生児として生まれた「ベトちゃんドクちゃん」の弟、グエン・ドクさん(36)と面会された。

 ドクさんは1981年、米軍がベトナム戦争中に枯れ葉剤を使用した地域で、兄ベトさん=2007年死去=と下半身がつながった状態で生まれた。日本の支援もあって88年にベトナムの病院で分離手術を受け、現在はその病院で事務員として働いている。


 ドクさんと対面した皇后さまは「お元気でいらっしゃることをみんなどれだけ喜ぶことでしょう。ご家族一緒にお元気でね」とほっとした様子。天皇陛下もドクさんや同席した妻テュエンさん(34)と笑顔で握手を交わし、「ベトさんが亡くなったことは残念なことでした。しかし、ドクさんがこうして元気にされていることをうれしく思います」と伝えた。
 「自分は日本とベトナムの懸け橋として、両国間の交流の強化に貢献できればと願っています」と両陛下に伝えたというドクさん。日本への思いを込め、双子の子供にフー・シー(富士)とアイン・ダオ(ベトナム語で桜)と名付けたことを振り返り、「両国関係のためにこれからも頑張っていきたい」と力を込めた。(2017/03/03-04:58

 

両陛下、独立運動家記念館に=

 

「東遊運動」で日本に縁−チャウ孫と面会・フエ

                   

ベトナム公式訪問中の天皇、皇后両陛下は4日午後、日本とゆかりがある仏領インドシナ時代のベトナムの独立運動家ファン・ボイ・チャウの記念館を訪問し、慰霊碑前で説明を受けられた=4日、ベトナム・フエ(代表撮影)

 

 【フエ時事】ベトナム公式訪問中で、中部の古都フエに滞在している天皇、皇后両陛下は4日午後、日本とゆかりがある仏領インドシナ時代のベトナムの独立運動家ファン・ボイ・チャウの記念館を訪問された。
 チャウは1905年に来日し、ベトナムの若者を日本へ留学させる「東遊(ドンズー)運動」を指導した人物。東遊運動の末期、仏側の圧力で困窮したチャウらを静岡県出身の医師浅羽佐喜太郎が物心両面で支援したエピソードは、日越友好の象徴の一つとされている。
 両陛下は敷地内にあるチャウの墓前で一礼した後、軟禁生活を送った家を再現した建物や、日本人有志が浅羽とチャウの交流を記念して建立した石碑などを熱心に見学。チャウの孫でカナダ在住の医師ファン・ティエウ・カットさん(72)とも面会した。
 カットさんは「祖父は日本との協力関係を密接にして将来を築いていこうとした。両陛下が訪ねてくれたことを知ったら大変喜んだと思う」と感謝。天皇陛下は「歴史というものを知って、現在やこれからの在り方を知るということはとても大事なことです。そういう意味でこの記念館は、日本にとっても大事なものと思っております」と伝え、握手を交わした。(2017/03/04-19:58

 

 

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| comments(0) | - | 12:29 | category: 管理者の徒然日記 |
# ひったくり犯確保に活躍するバイタク男性

昨日のアクセスは166でした。皆様に感謝します。ありがとうございました。

 

ホーチミン新に悪と闘う立派な人がいるんですね。文字の読み書きができないらしいですが、人生の基本を知っているのは、とても素晴らしいことです。

 

20年間茂みで眠り

 

ひったくり犯確保に活躍するバイタク男性

 

 独り身のグエン・バン・ミンさんは、ホーチミン市トゥードゥック大学の学生街にあるダー湖周辺にハンモックを張り、茂みの中で眠っている。ひったくり犯を捕らえ、学生たちの財産を守ることが日々の喜びだ。

 

旧正月の間、ミンさんはトゥードゥック区と東南部地方ビンズオン省ジーアン町に隣接する大学周辺でバイクタクシーをしていたが、学生たちは皆故郷に帰ってしまい、人影もまばらで普段よりも寂しかったという。

 

 20年近くここに住み、56歳になるミンさんにとって最も大事な財産は、1台の古いバイクと、ホーチミン市国家大学の都市区開発管理センターから贈られた治安維持の功績を讃える感謝状だ。

 

 ダー湖沿いのカフェでコーヒーを飲みながら、ミンさんは若い青年たちがバイクをふかしながら走らせる様子を目で追っていた。「ひったくりを犯しそうな疑わしい人がいれば、私はすぐにバイクを走らせて後を追います。旧正月の時期は一番窃盗が多いのです」とミンさんは決意を込めて話した。

 

 ミンさんは2016年の旧正月6日目の22時頃に起きた事件について話してくれた。その時、学生街の道路は人気がなく静かで、1組のカップルが湖沿いのベンチに座って話していたという。

 

バイクタクシーの客を待っていたミンさんは、バイクに乗った2人の若者が湖の側に停車し、そのカップルに殴りかかる様子を目撃した。ミンさんはすぐに木の棒を持ち助けに行ったが反撃に遭い、しばしの格闘の後に犯人たちは逃走した。しかし犯人たちは後日警察に捕まったそうだ。

 

 「実は、私はその犯人たちを午後から見張っていました。彼らはダー湖からノンラム三叉路までバイクをフラフラと走らせ、獲物を探していたのです。私は彼らが行動を起こしたらすぐに動けるよう待っていたのです」とミンさんは誇らしげに笑って話してくれた。

 

 またある日、ミンさんが客を迎えに行くためにバイクを走らせていると、自然大学の前の道路で猛スピードでバイクを走らせている若者たちの集団に遭遇した。その集団は雑貨屋の前に急停車し、それから1人が店の前に駐車されていたバイクの鍵を破壊した。

 その犯人たちが盗んだバイクで逃げようとする様子を見て、ミンさんは急いでバイクで彼らに突っ込んだ。しかし、若者の集団はミンさんを襲撃した後、逃走。「殴られて体中に打撲を負いましたが、バイクを守ることができたのは幸運でした」とミンさん。

 ひったくり犯たちと何度か闘ったことでミンさんが受けた傷は少なくない。流血し、擦り傷ができるたびに、ミンさんは自分で薬と包帯を買って処置をしている。

 

 ミンさんは自分の体に刻み込まれた傷跡1つ1つからそれぞれの事件を思い出すことができるという。「何人かと一緒に5〜6人のひったくり犯を捕まえた時、奴らに激しく蹴飛ばされ、脚に致命的な怪我を負いました」。ミンさんは話しながら、足首にある傷跡を指差した。

 

 ミンさんは文字の読み書きができず、父親や先祖の故郷がどこかも知らない。唯一覚えているのは、過酷を極めた戦争の間に家族と離れ離れになり放浪していたところ、養ってくれる優しい人に出会えたことだ。しかし、10歳の時に育ての母に叩かれたことを境に家を出てからは、転々としながら生活を続けている。

 

 30歳のときにミンさんはホーチミン市9区に辿り着き、スクラップ収集の仕事から雇われの仕事まで様々な仕事をして生計を立てていた。その10年後に大学周辺でバイクタクシーの仕事を始めて現在に至る。

 

 家はなく、部屋を借りるお金もないため、ミンさんは木の枝にハンモックを吊るして寝ている。天候が悪い時はさらにビニールシートを張り、雨風を防ぐ。毎日バイクタクシーとパンク修理の仕事をして、食事の他にコーヒーと薬を買うのに十分な3〜4万VND(約150〜200円)を稼いでいる。

 

 ミンさんはこう語る。「貧しい学生がいれば、私は無料でパンク修理をします。学生たちは子供のような年齢なので、私は学生たちをとても可愛がっています。助けられることがあれば助けてあげたいのです」。(出典:vietjo)

 

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# 旧正月 おめでとうございます!

旧暦のお正月 おめでとうございます!

10連休を精一杯楽しく膨らませてください。

 

      

Chúc mng năm mi

 

Ngàn ln như ý,

Vn ln như mơ, Triu s bt ng,

T ln hnh phúc.

 

枯れ葉剤の被害者の皆様 被害者を支援している皆様 今年が、一歩でも良い方向にすすみますようにご多幸を念じ祈り・・強い祈りをお送りします。

 

テットでたくさん食べて、寿いでください。

      

愛のベトナム支援隊より!

 

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# アクセス 新記録達成!

新記録達成!

    

今朝、ブログを開けました。

昨日のアクセス数が1177と記録されていました。

寝ぼけていましたので、117 か 177かと思っていましたが、どうも目がにじんでて、何回も見直しましたが、1177でした。

4桁は初めてです。何はともあれ、朝から一人よろこんでいます。

 

これまでの最高は、4年ほど前だったと思いますが、600〜700の間でした。

前のブログから、事情があって引っ越しました。

前のブログは、今でも公開していてみられますが、引っ越したのは、2011年9月13日です。

娘が、「ここにしなさい」といって、新居を作ってくれました。

 

両方を通じての、新記録です。

 

10日分のアクセス数を一日で戴いてしまいました。

ご訪問下さいました方々・・・誰でも訪問して下さる派手な話題ではないのに・・・感謝しています。ありがとうございました。

 

乾杯!

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